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 ラ・ラ・ラ・ラプソディ


ドン・フランシスコ様の某作品をリスペクト&三次創作です。

 ファルーシュ・ファレナスとティル・マクドールは正反対な人間である。
 ファルーシュのテンションは高い。一般人におけるハイ・テンションが彼のノーマルであり、更には昂揚すること風のごとく、ハイヤー(比較級)を通り越してハイエスト(最上級)テンションまで容易に到達する。しかもその方向性は大概において喜怒哀楽における喜であり、彼は常に世界に対して愛を叫んでいると言っても過言ではない。
 対してティルの通常値は一般人における欝状態、即ちロウ・テンションである。彼は常に鬱々としているが、折につけ常人には対処できない速度で激昂する。彼の精神は怒、つまりマイナス方向のベクトルに向かってのみ絶好調だ。ソウルイーター云々ではなく、彼の元々の性質からしてそうなのだろう。さもなくばあそこまで容易くキレない、普通。
 そしてファルーシュが全人類全生物あまつさえ無機物にまで常時デレ状態なのに対し、ティルは基本がツンであった。ファルーシュはティルに対してもデレにデレていたが、ティルはプラス方向にどこまでも飛翔するファルーシュをとことん苦手に思っていた。上機嫌な時に暗い人間が傍にいたところで少し気になる程度だが、滅入っている時に脳内お花畑が近くで踊り狂っていれば苛つきもする。そしてそれが二人の対面時における標準状態なのである。とにかくティルは生理的に気に食わない、と言い切ってしまえるほどファルーシュに苦手意識を持っていた。
 が、そこはそれ、嫌いだということはつまり目一杯相手を意識している状態なのであって。N極とS極のようなものか、嫌よ嫌よも好きのうちだったのか、とにかくティル・マクドールとファルーシュ・ファレナスは、俗に言う恋人同士なる関係になってしまったのであった。
 日々喧嘩をしながら、何であんたたちくっついたんですかと隣国の国王に野次られつつ、それでも二人は恋人生活を送っていたのであった。

 めでたしめでたし。
 で、終わるならこの話は続かない。
 ある日唐突に、ティルは気づいた。ファルーシュの腹が膨れていることに。
 まずティルは当然の成り行きとして、近頃の若者にありがちなメ○ボの可能性を考えた。ここ最近ファルーシュが何かに憑かれたかのようにばくばく食事を取っていた記憶もある。その前はなんだかげろげろやっていたが、食中毒にでもかかったのだろうと思っていた。ちなみに看病他もろもろは当然のごとくグレミオに丸投げだった。
 とは、ともかくこの・コレも三十路だからなぁ、と年を取らないメリットをここばかりは感じながらティルは頷いた。
 しかしそれにしてはおかしくないか? と考え直したのが翌日のことである。
 肉が全体的につくわけでもなく、ぷよぷよするわけでなく、腹オンリーがぽこりと膨れているのだ。
「おいあんた、その腹どうしたんだ」
 疑問が解消されないとわかった途端、速攻でティルは問い掛けた。この空気を読む、読まない以前に実行する躊躇いのなさはティルの誇るべき特性である。
「ティル……流石に遅すぎない? その疑問。もう七ヶ月目なんだけど」
 ファルーシュは自分の腹を見下ろし、肩を竦めてみせる。そのあからさまに呆れたという風情にティルはむっとし、それからふと考えた。七ヶ月目って、何だ。響きだけでイヤな予感のするフレーズである。
「は?」
「だから、妊娠七ヶ月目」
「……あんた、男だったよな?」
「男だよ。ティルはよく知ってるでしょ」
「ああそうだな知ってるよ! 知ってるから聞いてるんだろうが! なんで男が、に、妊娠なんて言い出すんだ! ファレナでは男も妊娠するのか!?」
 混乱のあまりテーブルを力の限り叩きティルは立ち上がる。カップの中に残っていたコーヒーが零れたが、気にする余裕もなかった。
 ファルーシュは駄々っ子を見るような、生ぬるい視線を向けてくる。腹立たしい。
「やだな、ファレナへの冤罪だよ。ちょっとソウルイーターに頼んだだけ」
「……ソウルイーター……」
 脱力のあまりティルはついさっき立ち上がった椅子にへたり込んだ。
「それはソウルイーターが何で、と聞きたいの? それともどうやって、ってこと?」
「どっちもだよコンチクショウ……」
 ティル・マクドールの激昂を瞬時に収束させ、かつ脱力をもたらすという、極めて稀有な事態を招いたファルーシュはのほほん、と笑う。
「話すと長くなるんだけど」
「簡潔に話せ」
 ティルはざっくりと切り捨てた。
「ティルのつれなさは変わらないね、常に! ……まあいいや、要約すると、グレミオさんはティルの母親代わり、つまり僕にとってはお義母さまに等しい訳だ。僕に気を使って何も言われないけど、親というもの、孫の顔は見たいに違いない。だけど子供の為にティルと別れるのは本末転倒だし、外に子供を作るなんてもっての外」
「まずそこまでの凄まじい飛躍について突っ込みたいんだが」
「(無視)そこで僕は考えた。出来ないなら、ソウルイーターに頼めばいいじゃない! って」
「だからなんでそこでソウルイーターなんだ! 他にも養子とか手はあるだろうが!!」
「あ、それ思いつかなかった」
 あははー、と笑うファルーシュに再度ティルは脱力する。
「で、ちょっとリオンに頼んで黎明(in石像)を持ってきてもらって、ティルが寝てる間にソウルイーターと交渉したんだよ」
 生と死の紋章と謳われるソウルイーターだが、死の方面にはやたらハッスルするくせに生の方面に働いた試しもない。
「真の紋章ならそれらしく働いてみたら? って挑発したらものっそい勢いで乗ってきたよ。もうノリノリだった。『死した者の蘇生と永遠を授けることは出来ぬ』とかランプの魔人みたいなこと抜かしてた」
 ティルは頭を抱えたくなった。
 某大師匠の手に宿った事件以来、どうもソウルイーターのテンションがおかしい気はしていた。何しろ大師匠、真の紋章の中でもひねくれまくり性質極悪な罰の紋章を、よりにもよって巻貝の紋章なぞに変えてしまうミラクルパワーの持ち主である。おまけに宿してわずか数十分でソウルイーターをヘルスメーターに変えかけたのだ、その可能性は海よりも深く果てしない。
 その薫陶を受け弟子を自認するファルーシュが、やらかさないと何故自分は信じていられたのだろうか。(だがティル自身、端から見ればばっちり大師匠の弟子に位置しているのだから、ファルーシュだけの責任とは言えないだろう)
「……まさか、ヘルスメーター第四魔法『受胎告知』とか言わないだろうな……」
「うっわティルなんで分かったの」
 このファルーシュの一言が、とどめになったとは後のクレオの言である。



「と、言う訳らしいよ」
「はあ……」
 隣国の国王陛下はにこにこと邪気のない笑みを浮かべながらクッキーをさく、と齧った。
 フィル・F・マクドールはただ、父親(生態上というべきか事実に即してというべきか)なティルが、何故身重の母親(以下略)なファルーシュを置いて出奔したのか、好奇心で尋ねてみただけだ。別に責めている訳ではない。自分だって人生の半分以上家出していたのだから。
 軽い気持ちで尋ねたことが予想以上に痛々しかったので、フィルはなんとも複雑な心境で呻く。
「ま、ぼくが聞いたのはここまでだけど。思うにマクドールさん、出産なんて大変なこと、勝手に師匠が引き受けちゃったから拗ねたってのもあると思うんだよねー。ほら、普段は王坊なのに、こーゆー時だけ自分は安全な立場ってのはプライドが許さなかったんじゃないかなーと」
 しかし更に追い討ちがあった。
 フィルはもうしょっぱいを通り越して哀しい気持ちになった。
 リオウによる父(略)の心境推測がやけにリアルだったこともさながら、両親の夜の役割など全くもって知りたくなかった。薄々感づいてはいたが、はっきり言葉にされるとダメージは桁違いである。ティルと対面を果たしたばかりだったことが更に拍車をかけた。
 ティルが聞けば即時出奔コースである。
「……リオウさん……」
「マクドールさんの顔でキラッキラしながら丁寧語なんて使われたから気味悪くて☆」
 しかも確信犯である。
 フィルの造形についての責任はソウルイーターにあるのだし、隣国の国王にタメ口は無理だ。
「……あの、ついでにもう一つ聞きたいことがあるんですが」
 フィルは自分と父の心の安寧を図るためさっくり聞かなかったことにした。
「ぼくが答えられることなら何でも」
「じゃあ遠慮なく。ハーモニーの継承権とか、どうなってるんですか?」
 フィルはずっと心の隅に引っかかっていた事柄を口にした。
 母やラズロは想定の圏外、とばかりに問題にしていなかったが、キリルの言は正しい。ハーモニーの兄としての自覚が日々深まるにつれ、思う。
 継承権のない、しかも他国に嫁いだ(?)王兄の子とはいえ、ファレナ王家の血を継ぐ女児であることは間違いないのだ。
「それなんだけどさ」
 リオウはレモンティーを上品に啜り、にやりと笑う。
「ぼくの見立てによれば、ハモちゃんは安全圏も安全圏だね」
「その呼び方、流石の母もラズロさんシメてたんで自重した方が賢明ですよ」
 思わず突っ込むフィル。
「大師匠はおっそろしく無敵なネーミングセンス持ってるよね! 流石のぼくも敵わないと思った。……それはともかく、一応根拠はあるんだよ」
「へえ」
「今のファレナ国王夫妻さ、知ってる? リムスレーア女王とトーマ女王騎士長」
「話には聞いたことあります」
「実際会ったら分かると思うけど、あの二人すっごいツンデレカップルなんだよねー。もう意思の疎通におけるテンプレがツンデレ。その二人の間に出来た三人の娘さんもタイプ別ツンデレ。おまけに最近じゃランクアップして国交における会話もオブラートに包んだツンデレ。まあそれはどうでもいいんだけど」
「はあ」
「リムスレーア女王って、先代女王も凌ぐ名君って評判でね。内乱後のファレナを見事に立て直したって国民人気すっごいんだ。その人気のある女王一家は皆揃ってツンデレなもんだから、最近国を挙げてのツンデレブームなんだってさ」
「……はあ」
「もう国民一丸となってツンデレ万歳! な風潮らしくて。『ロイヤルファミリーの魅力:ツンデレ徹底解明特集』とか『ツンデレ入門』とか『ツンデレにおけるツンとデレの相関関係』って類の本がバカ売れ。騎士長の故郷ロードレイクはツンデレの聖地として一大観光地化、ファレナ国中から「本場のツンデレに会おう! ツアー」の申し込みが殺到してるとか。近くにある森は騎士長がツンデレ修行した地だってことで修行者が各地から押し寄せて、移住者で人口も倍増したらしいし。今ファレナの結婚したいタイプナンバーワンはぶっちぎりでツンデレ属性だって有名なんだよ」
「……へえ……?」
 そろそろ、それに何の関係が、と突っ込みを入れてしまいそうである。
「で、師匠の結婚相手のマクドールさんは、実はロードレイクでちょっとゆうめいなツンデレなんだぜって評判でね。その子供ならさぞ素晴らしいツンデレに違いないって噂されてるんだよね」
 ようやく話が繋がった。その内容にフィルは顔を引き攣らせた。
「ちょ、ちょっとリオウさん! それだと、ハーモニーはかなり危ないんじゃ……!」
「最後まで聞きなよ。ま、それで先走った貴族が、何回か送り込んできた人間とハーモニーちゃんとの接触があったんだけど」
「見てたんですか!」
「こーゆーとこ師匠はぼけっとしてるから、一応隠れて護衛つけてたんですー。人聞きの悪い」
「……リオウさん……!」
 地味に感動しているフィルを置き去りに、リオウは三杯目の紅茶を淹れるべく手を伸ばす。
「二言三言話したら全員がっくりして去ってったよ、笑えることに」
「がっくり?」
「ほら、ハーモニーちゃんは内面師匠にそっくり、つまり常時デレ。キミだって初対面なのに懐かれたでしょーが」
「ああ……そうですね」
 思い返してフィルは首肯する。そしてうなだれた。
「つまり、ツンデレ属性がないから歯牙にもかけられなかったってことですか……」
「そーゆーこと。あの国流石師匠の故郷だけあって濃ゆいよね!」
「まあ、ハーモニーが危険じゃないなら、いいんですけどね……」
 ツンデレで王位を巡る陰謀さえ墜落する国の血を引いているかと思うと、素直に喜べないところがある。
 そう呟いたフィルに、リオウは輝かしい笑顔を向けた。
「てかさ、何聞いてたの。ハモちゃん“は”安全圏だって言ったけど、キミは安全だとは言ってないよね、ぼく」
「は?」
「シスコンとキラッキラは師匠の遺伝だけど、フィルくんどう見てもマクドールさんのツンデレ受け継いでるじゃん。大師匠にもツンってたってキリルさんから聞いたよ。も、確実だよね」
「……え?」
「だからー、キミはファレナ王兄殿下とトランの英雄の血を引いた、由緒正しいツンデレ少年=最高の婿候補って認識されてんの」
 九年間家出してても師匠が自分からは探さなかったの、その所為もあるんだよ? と隣国の国王陛下は素晴らしい笑顔でのたまった。
「一緒に大師匠がいれば変なの寄って来ても返り討ちに出来るし、ふらふらしてるから居場所掴みにくいし、自衛手段も教われるし、キリルさんがいるから一般常識と漂流対策もばっちりだし?」
「……うああ!?」
「まあ師匠もまさか九年間一度も顔を見せないとは思ってなかったみたいだけどねー」
 あっはっは、と笑うリオウ。
「ま、師匠は愛さえあれば誰とでも押してくれる人だから、早く将来の相手を決めるのが一番だと思うよ。師匠の意向ならファレナの貴族も無茶は出来ないだろうし」
 フィルは手をつけられないまま冷め切ってしまった紅茶を引っつかみ、勢いよく飲み干した。渋い。混乱していた思考がすっと晴れた気がした。
「リオウさん、もしかして、もしかするんですけど」
「うん?」
「キリルさんにやたら昔の仲間の子孫(※ただし女性に限る)のところに連れて行かれたのって、リオウさんの差し金ですか」
 ケネスの子孫だのポーラの孫だの現オベル王女だの、キリルが懐かしさで寄っていたものだとばかり思っていたのだが。
「うんそうだよ? 出会いの機会があれば、運命の相手も見つかりやすいかと思って。あ、ちなみにぼくのお勧めはヒックスとテンガアールの娘さんかな」
 普段から面白いことが好きな人だったから、両親の話を快くしてくれることに何の違和感も持っていなかったが。
「……はめました?」
 フィルは半ば諦めつつも、縋るような気持ちで尋ねる。
「フィルくんさ、迂闊な所もマクドールさんに似てるよね」
 にこー、とやたら輝く微笑が、答えだった。
 流れはまさに、お見合いコースである。


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